29.9.19

都民から見た本当の東京あるある

 

昔からある「東京あるある」。

だが、実態とはかけ離れている。
所詮はアクセス稼ぎの記事。書き手も都民ではないので当然だ。

そこで都民から「東京あるある」を検証してみた




東京あるある

東京にいる殆どの人間は田舎者

(これは2016年のデータだが)

東京生まれは田舎に引っ越し、田舎者は東京に引っ越す。
流動の多い地域だ。

 


都外は全部田舎

東北だろうと関西だろうと九州だろうと同じ様な扱い。
 


東京は狭い

都民はせいぜい23区ぐらいしか東京だと認識していない。
離島・多摩県は「とうきょう…?」。

特に多摩県は田舎者の居住地であるので、田舎者も東京と認識していないだろう。
場合によっては23区でも県と隣接する区は東京扱いされていない。

特に埼玉の植民地として池袋・吉祥寺は有名。

新宿駅で迷わない

新宿駅は利用者数が世界一である。有名なだけで難しくない
新宿駅は簡単な方で、難しい駅は無数にある。
 
迷うとしたら田舎からの電車の乗り換え。田舎者が勝手に迷ってる
都民は新宿駅がめんどくさい乗換駅の場合は別の駅で乗り換える。乗換案内を使っても新宿で乗り換えさせることは少ない。
田舎から来る場合は選択がない。 

田舎者ごっこする

都民は人混みを嫌う。
待ち合わせ場所などもってのほか。
人の多いところは待つことも合わせることもできない。
行く前に合わせるか、現地で合わせるなど人の少ないところを選びがち。

待ち合わせ場所使うなんて田舎者みたいだね」と思いながら待ち合わせをしている。

都内に詳しくない

都内の観光地は田舎者が行く場所。
田舎者のほうが都内に詳しい
 
行くとしても子供時代。 
園児時代に行った観光地を覚えてるか?
 
田舎者は上京して「〇〇行ったことないの!?」と都会人アピールするらしいが、
そんなこと言ってたら都民は「〇〇行ったこと無いのが許されるのは小学生までだよね」になる。 


電車の長さを知らない

田舎の人は、都会に出て「短い10両編成」と聞き驚くと言うが、
それを聞けるのは田舎だけだ

「短い10両」放送を聞いたり、
15両編成が見られるのは湘南新宿ラインや上野東京ライン。
田舎の人しか使わない電車だ

都民が車両の長さを気にすることはない。


各駅停車は総武線、快速は中央線

見ての通り。
田舎者にとって「中央線は多摩県まで行く、総武線は千葉県までいく」ものかもしれないが、
都民にとって中央・総武線の違いは停車駅だ。


免許持ってない

都内に車が必要という時代は無い。基本電車移動。
必要なのは田舎者ぐらいだろう。

道の駅を知らない

都内に道の駅はない。
親が田舎出身なら、帰省時に知ることがあるかもしれない。
田舎に関わりがない場合「道の駅」という存在自体を知らない。


都民の思う田舎あるある

郷に入りて郷に従わず

以下に続くやつは大抵そうだが。
わざわざ上京して「田舎では〇〇だったのに」という話ばかりだ。
 
「 東京の殆どは田舎者」といってもそれぞれ別の田舎から来てるので文化が衝突するのは当然。
そこで争うのが田舎者。 合わせることはしない。
 

田舎者は冷たい

田舎者は道で人が倒れていても助けない。
田舎では知人の目もあるが、都会では見知らぬ人を助けない

東京にいるのは殆どが田舎者。
田舎者同士が冷たいので都内で助け合いは起こらない。
 

怖いところでも入っていく

「都民なら普通は行かねえよ」というところでも、田舎者は入っていく。
都民としては「田舎者怖い…」というのが素直な感想。

繁華街は田舎者しか行かないので
田舎者同士が都内で争っている」とういのが正しい現状把握だ。
 

田舎は田舎に厳しい

田舎では「田舎」を蔑称として使っているらしい。
また、  「部落」という言葉に差別意識はないが、特にに関西では差別的な意味らしい。同和問題など差別意識が残るのか。
 
 

東京をライバル視?

田舎が蔑称な関西では特に田舎と呼ばれるのを嫌っている?
東京からしたら都外は全部同じようなものだが、
関西は「特別視されたい」のだろうか? 

人を避けない

田舎には人が居ないので、人を避ける風習がないのは当然だ
「ぶつかりおばさん」「ぶつかりおじさん」という言葉もあるが、
田舎者が人混みに来ればぶつかるのは必至。

封建主義

自己紹介ではまず性質よりも、出自などが重要。
同じ出身地で固まる

都民なら「それぞれ好きなことやればいい」というスタイルだが
田舎者は同調圧力も強く、同じ趣味を強要したりする。


都会人アピール

「繁華街で待ち合わせする」「有名カフェに行く」「標準語の指導」等…
都会人アピールをするが、田舎者しかやってない行動

田舎者が地元の人に都会人アピールしたいのかもしれない。
「都会でやる田舎者のイタイ行動」でしかない。
お上りさんは仕方ないか。 

歩くのが遅い

「都民は人混みで歩くのが早い」と言われることの方が多いが。
田舎者は人混みでぶつかるので歩くのが遅くなる。

都民は人混みを歩く時、人の動きをちゃんと見ている。

  • 都民同士なら
    • 互いに回避行動を取ると確認。
    • 互いにスムーズなすれ違いができる。
  • 都民・田舎物なら
    • 田舎者は動きを見ていないので、都民が大きく避ける必要がある。
    • 田舎者一人勝ち。
  • 田舎者同士なら
    • 互いに動きを見ていないのでぶつかる


他にも「電車乗った瞬間に立ち止まる」、「改札出たらすぐ立ち止まる」など
後ろに人が居るか確認する風習がない


停車前に扉前に集まる

田舎で電車に乗るとわかりやすいが、田舎者は停車前から扉前に集まる。
都民なら降りようとしてる人に道を譲ったり、そもそも皆降りる駅だったりするので問題にならないが。

田舎には人に譲る風習がないので、乗り過ごしを防ぐために扉前に居なければならない。


また、田舎者は横断歩道の信号が変わる前に渡り始める。
そのくせ足が遅いので後発を妨害する。
すごいぞ田舎者


発音に厳しい

田舎者は田舎言葉と標準語の区別ができるので発音に厳しい。
都内にはいろんな田舎者が集まるので指摘してたらキリがない。
だが田舎者は気になって仕方ないようだ。


田舎言葉を使い続ける

 
都民はいくつか方言は聞いてるとはいえ完璧ではない。
外人に「外国語わかるだろ?」みたいに話しかけられたら
少しわかるとしても「日本だから少しは日本語話す努力をしろ」と思うだろう。
 
都民も田舎言葉が少し分かるといっても
東京で分かる言葉で話す努力をしろ。
田舎の言葉は田舎言葉が分かる者同士でやってくれ。 
 
相手に分かる言葉で話そうとする努力は認めている。少し訛ってるのも仕方ない。  
標準語を話してるときに、田舎の言葉と知らなかったのでつい出てしまうのは仕方ない。
だが、あえて伝わらない言葉を使い続ける連中はそういうヤツなんだなぁと感じている。



駆け込み乗車をする

3分待てば次の電車が来るのだから、都民には駆け込む風習がない
田舎者は田舎の習慣で電車に駆け込んでしまうようだ。
各停だろうが快速だろうが差がないので焦る必要はない。
もちろん、快速が必要なのは田舎者だけだ。


東京の範囲が広い

東京にないのに「東京」という地名を使いたがる。

「東京弁(江戸弁)」という言葉を使うが、観光業しか東京弁は使っていない
東京方言(首都方言)を使っている人が多数だろう。




また、東京全体のことを「江戸」と思っている人が多いが、せいぜい江戸と言えるのは東京の東側だけ。
西側は山の手である。

喫煙者が多い

まだ昭和を引きずっているのか?と思うほど喫煙してる。
悪ぶってるのが格好良い、という時代にまだいるようだ。

田舎独自文化を「東京にない」という

田舎者にとって「田舎は世界」なので当然だが。
「東京にない」という表現をする。実際は「お前の田舎にしかない」。 
 
田舎者は同郷としか話さないので気づくことはない。 
 
 

都民ないない

里帰りへの憧れ

帰省ラッシュは「大変だなぁ」と眺めるイベント。
都民はわざわざ人の集まるイベントに参加しない

田舎言葉への憧れ

 
都民は田舎の言葉をある程度聞いている。

普段は標準語とはいえ、家では田舎言葉を使う家庭も多い。
田舎言葉を話す親に育てられた子供は、そのまま幼稚園や小学校に通う。
子供同士の会話は標準語と方言の混ざった言葉
都内の子供は様々な田舎言葉を聞いたことがある。
 
田舎言葉に「東北方言」「関西方言」等の区別は特にない
「訛ってる」「田舎の言葉」という印象しか無い。
 
田舎者の「都民に憧れられたい」という願望が漏れ出たのか?

浜松町と言い直す

どこの田舎の風習だ
浜松町は「浜松町」であって都民は略さない。

都立高を応援する

どこの田舎の風習だ
田舎は封建主義なのでどの高校に属しているかは重要だ。
だが都民に帰属意識はない。
そもそも何か大会が行われてることさえ知らない

田舎は多様な趣味は「ヲタク」として許されないが、
東京では誰がどんな趣味だろうと気にしない。
運動は運動オタクが応援するもの。それ以外の人は気にしない。

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